2019年3月22日
  • 福岡市東区香椎にある、小学生、中学生、高校生を対象とした進学塾

神様を信じない

最近グッと寒くなるも、小中学生たちは割と塾についたら半袖になる子が多いので、僕も負けじと塾では半袖で頑張っている。でも、帰りの時間帯はやっぱり半袖の上に一枚羽織っているだけではそろそろ寒くなってきた。。。

高校2年の時は、季節による服の縛りがない高校だったので11月ぐらいまでずっと半袖で登校していた。そんな僕からしたら、10月なんかまだまだ余裕なんだけどね。(ただの強がり。)

帰宅時間が遅いというアドバンテージを背負った上で、子どもたちには負けないぞー!(僕が勝手に競っているだけ。笑)

 

今日は、神様について考える。と言うよりも、合格祈願がメインだ。

僕は、中学生の時から、合格祈願なんてのはしていない。

福岡といえば、学問の神様として菅原道真が祀られている太宰府天満宮が有名だ。受験シーズンになると各地から多くの人が訪れ、合格祈願をする。

だが僕はそこへ受験前に合格祈願に行くことはなかった。

渡されたお守りなんかはもらった人に申し訳ないと思って、一応受験にはもって行っていたが、それに特段効果があるとかは全然考えていなかった。合格祈願に行ってくれた話なんかを聞いて感謝の気持ちは抱いていたが、僕が行こうとは一つも思わなかった。

 

高校の時なんかは、

「お参りに行ったとこで成績上がんないし。信じるべきは神様じゃなくて自分だ。」

みたいな超絶可愛くないセリフを平気で吐いていた。

むしろ成績が上がるどころか、あんな人混みでインフルエンザとかでももらったら成績を上げるための勉強さえできなくなるので、僕が行くことは僕にとってマイナスでしかないと思っていた。

 

過去形にしてるから、今は合格祈願が意味あるものだと思っているのかと言われるとそうではない。

 

でも、あの頃ほど否定的ではなくなった。

いろんな子どもたちの合格祈願に対する思いを聞く。

 

「息抜きです。」

とか、

「梅ヶ枝餅を食べることです。」

みたいな言い訳をする子もいる。息抜きにしては手間と時間がかかりすぎるし、梅ヶ枝餅に関しては言い訳にもなっていない。笑

 

でも中には、

「絵馬に自分で志望校を書くことでモチベーションが上がります!」

とか、

「太宰府に行くことで身が引き締まります。」

みたいなことを言う子もいる。

昔の僕からしたら、

「絵馬書かんとモチベーションを高く保てんのかい!太宰府にいかんと身引き締まらんのかい!」

って突っ込んじゃうけども、その子たちにとって、お参りすることや、合格を祈ることが少しでも心の支えに、モチベーションになるのなら、インフルエンザのリスクを犯してでも行ってみるのもありなのかなとは、少しだけ思うようになった。

 

少しだけ。

 

 

そんな僕がもしも今、

「せんせー、太宰府に合格祈願に行った方がいいと思いますか?」

って聞かれたら、もちろんこう答える。

 

 

「その時間、家で勉強した方が絶対いいよ。」

 

信じるべきは神様ではない、まずは自分だ。

 

塾以外で合格祈願に行くのは自由だ。でもこれだけは忘れないでほしい。

『神様に願っても成績は上がらないということ。成績をあげられるのは自分だけだということ。』

 

今日も成績ぶち上げるぞー!

 

神頼みは、受験後の合格発表までの期間にでもしよう。

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