2020年8月10日
  • 福岡市東区香椎にある、小学生、中学生、高校生を対象とした進学塾

塾の机の話

ここ二日間、更新をするのを忘れていた。

僕が更新を忘れると、ついに墨も息絶えたかと思われた方もいたかもしれないが、かなり元気だったので安心してほしい。

 

 

今日、そんな元気な僕は朝から肉体労働をした。

その名も「机運び」だ。

というより「机運び上げ」と言った方がよかろうか。

 

説明しよう、「机運び上げ」とは、学校にあるような机を1階から4階の我が塾まで持って上がると言う作業だ。

それも普通の階段ではない。

通称「アユタヤの階段」と呼ばれるぐらいにとても急な階段を4階まで登らないといけないのだ。

元気いっぱいの中学生運動部男子でさえ、駆け上がってきた時にはゼェゼェハァハァ言いながら「こんにちは」を言うぐらいにはキツイ。

それを体力のピークが完全に過ぎ去った標準体重+10キロ、デ部所属、絶賛運動不足の24才男子が机を持って何往復もするのだ。

もうそれはそれはキツイと言う言葉だけではとても形容しがたいほどにキツかった。

いやもう、キツイの最上級ザ・キツエスト。

真冬に周囲の目を気にすることなくタンクトップで動き回るぐらいには苦しかったぜ。

 

では、なぜそんな重労働をすることになったのか。

その理由を語る前に、まずは塾の机の歴史から説明しよう。

(歴史とは言ってもかなり浅いけど)

 

いきなりぶっちゃけると、今生徒たちが使っている机を僕は一つも自分で買ったことがない。

じゃあどうしているのか。

全てもらいものなのだ。

全部すぎやま先生のすぎやまのNiCO塾よりいただいているのであった。

すぎやま先生、助かってます。

本当にありがとうございます。

 

さかのぼることおよそ2年前。

当時大学4年生だった僕はちょうどこの時期ぐらいにかかってきた、みかみ先生からの電話で塾を開くことに決めた。

とはいえ、卒論は忙しい、卒業旅行の予定はもう組んでるわで何も準備をしていなかった僕に、すぎやま先生からありがたい話が舞い込んできた。

「机の種類を変えるから、今使ってる机とか椅子いる?」

 

お言葉に甘えて、もらえるだけもらった。

 

そしてそれを4月の頭ぐらいに家族にも協力してもらって運び上げたのだ。

めちゃくちゃしんどかったのを覚えている。

でも、何もない空間に机が少しずつ埋まっていくのが嬉しかったのも覚えている。

その時は今より体重が10キロぐらい軽かったのだが、それでもゼェゼェハァハァを35億回ぐらい言いながら持って上がった。

 

(まあ、もらえたのが机20個ぐらいに対して椅子10個ぐらいだったので、しばらくの間は椅子がない机がいくつか存在しているというカオスな空間だったのだけど(笑))

 

そんな時代も経て、徐々に椅子が埋まり、そしてそこに生徒が埋まり、そろそろ机を増やさないといけないと考えていたタイミングでまたすぎやま先生から声がかかった。

「机と椅子いる?」

ってね。

 

そういうわけで今日に至るという感じだ。

 

久しぶりにこういう泥臭い力仕事すると、なんとなく懐かしい気持ちになれていいなぁ。

あの時は、不安半分、期待半分で机運んだなぁとか考えたり。

ここにどんな子達が座るか楽しみだなぁとか考えてたことを思い出したり。

初心を思い出せた気がする。

 

 

 

 

 

 

、、、、なんてことは特になく、ただただきつかった(笑)

足と腕がプルプルだぁ。

もういやぁ。

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