2019年8月26日
  • 福岡市東区香椎にある、小学生、中学生、高校生を対象とした進学塾

小学生時代

今日は中3生が模試だった。小5の最後の授業も終わり、夏期特訓のほうも完全終了した。

 

昨日、小6にローマ字の都道府県テストをした。その後に、保護者の方々から、家でのそれぞれのテストに向けた取り組み姿勢を少しではあるが聞いた。その時になんとなくではあるが、自分の小学生時代を思い出したので、今日はそのことについて書きたいと思う。

 

僕は元々かなりのドジっ子だった(笑)

車に乗っている時に、飴玉を喉につまらせて、あわや窒息死の大惨事を起こしたり、草スキーの整備中に係員の指示を聞かずに颯爽と滑り出し、うまく滑れずに横の壁に衝突したりとなかなかなドジだったらしい。中でも強烈なエピソードは、家で飼っていた金魚が大好きで、毎日除いては大量に餌をやっていたらしい(金魚にはかなりのありがた迷惑)のだが、ある日、覗きこみすぎてそのまま水槽に頭から落ちたらしい(笑)僕は全く記憶がないのだが、見ていた周りの家族は大爆笑だったという(笑)

もうこの子はこのままボーッとしたドジな子に育っていくんだろうなって思っていたらしい。。。。

そんな当時の僕についた家族内でのあだ名は、名前の『としや』をもじって、『どじや』だった。いや、自分の息子にどんなあだ名つけてんだよ(笑)って思うけど、まあ、最近ではめっきりそんなことなくなったのでよかろう。

 

不思議なことに、体の縫い傷が3箇所残ってはいる(全て記憶にないが。)ものの、記憶にはどのエピソードも全く残っていない(笑)都合の悪い記憶は、成長の過程で削除されたのだと思う。それに関しては今も昔も変わらないということで(笑)

 

そういうこともあり、僕の家では、姉がキビキビした感じに対し、ひっつき虫のボーッとした弟ということで家での立ち位置ができていた(さらに下に破天荒クレイジーガイな弟がいるが、それは後々紹介。)

 

小学校のクラスでも、あまり人と喋る方ではなく、普通の小学校生活を送っていたそうだ。だからということもあって、両親は、僕には無難に普通の人生を送ってくれたらいいなってぐらいに考えていたらしい。当時の親の願いとは真逆な人生送っててごめんなさいって感じだが(笑)

 

そんなことはさておき、ではいつが人生を変える瞬間だったのかというと、、、、

 

わからない(笑)

 

人生が変わった瞬間なんてそんなのわかんないし、変わった瞬間には人生変わったなんて思ってない。一つ言えることは、気づいたら変わっていたということだ。

自分自身で、昔と比べて変わったという自覚はある。昔はかなり消極的だったし、人と喋るのも苦手だったし(今もちょっと苦手。←いや、塾の先生としてどうなの?笑)、人前に出て話すなんてことは絶対にしなかった。

だが、わけもわからず、とりあえずは目の前に与えられた課題をこなしているうちに、少しずつ変わっていったのだと思う。幸いにも、僕は負けず嫌いだったから頑張れた。

 

僕のところに通ってくれている生徒たちも、とりあえずは与えられた課題だけでもいい。わけがわからなくてもいい。その中で頑張ることを身につけてくれ。それを通して、少しずつでも人生が良い方に変わっていってくれたらいいなぁ。

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