今日、道を歩いていたら外国人に香椎宮までの道を聞かれた。
香椎宮に言ったこともなく、なんとなくの場所しかわからなかったので、グーグルさんに頼ることに。
僕も外国で道がわからないときは人に聞くので、お互い様だと思い、しっかり調べる。
それにしても、まだまだ塾の周りでも知らないことが多いなぁ〜。
今年になってから初詣にも行ってないし、香椎宮にでも行こうかな。
気が向けば。
さあ本題に。
今日はがっつり真面目な話をしよう。
昨日の高校生との授業の中で、ビールの話になった。
(高校生と何の話してんねん。)
高校生に飲酒を勧めたりは、断じてしていない。
ただ単に、ジョッキまで冷やされて出されるお店のビールが好きだという話をしただけだ。
(高校生からしたらそのよさなんてわかるわけもないのでただただ一方的に。笑)
でも彼らは優しいので、僕のそんな話にもちゃんと乗っかってくれる。
そこである男の子が、
「何かのテレビで見たんですけど、ジョッキを凍らせるのって味が悪くなるらしいですよ。一番美味しい温度じゃないみたいです。」
と言うではないか。
あとあと調べたら、ビールの種類にもよるらしいが、サントリーさん曰く夏でも4〜6℃が最適な温度らしい。
僕はこのことは知らなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
僕が美味しいと思えることが重要なんだ。
疲れた時や喉が乾いている時にグビッと飲むキンキンに冷えたビール。
ああ、たまらん。
「これはビールの旨味を最大限味わうことができる最適な温度のビールです。」
そういう楽しみ方もあるかもしれないし、これまでにそのような配慮がされたビールを飲んだこともあるかもしれない。
科学的に美味しいとされていて、多くの人がその温度のビールが一番幸せだと感じるのかもしれない。
それでも僕はキンキンに冷えたビールがやっぱり一番美味しいと思っている。
僕にとっての幸せを、一番感じることができるのだ。
ビールだけに限らず、人が幸せだと感じる基準はそれぞれ違うと思う。
タワーマンションにしたってそうだ。
タワーマンションの高層階での生活に憧れる人は多いと思う。
実際、タワーマンションって響きだけでかっこいい。
僕もこの前マレーシアに行った時に、高級ホテルの30階に泊まったことで、その生活のほんの一部だけを覗いた気がした。
景色は抜群にいいし、何と言っていいのかわからないが、妙な優越感に浸れる。
屋上プールから街を見下ろした時なんかは、
「ああ、これが勝ち組の景色なのかぁ。」
なんて思ったぐらいだ(笑)
でもエレベーターで30階まで上がるたびに気圧の変化で耳がやられるので、敏感な人には結構辛いかもしれない。
高所恐怖症の人からしたら、30階から見る景色なんてもはや地獄だろう。
同じタワーマンションでも人によって幸せかどうかは違う。
やっぱり、幸せの基準なんて人それぞれだ。
こんな話を子どもたちにすると、
「せんせー、じゃあ勉強なんかしなくても幸せになれるんじゃないんですか?」
そう言われるかもしれない。
実際、勉強しなくても幸せになれると思うし、過去に全然勉強ができなくても幸せを感じている人は、世の中にたくさんいると思う。
それでもなぜ僕は子どもたちに勉強して欲しいのか。
僕は大学時代に今の姿からは想像できないかもしれないが、ブライダルのバイトをしていた。
結婚披露宴なんかで食事や飲み物を提供する仕事だ。
その時に、ワインボトルぐらいのサイズで1本8,000円ぐらいするお茶を飲んだことがある。
「これが1本8,000円もするお茶か。俺が今から飲むこのコップ一杯でも1,000円ぐらいするんやろなぁ。贅沢やなぁ。。。」
若き頃の墨少年(18)は期待に胸を膨らませて、高級なお茶を口に運んだ。
ゴクリ、、、ゴクリ。
その時に僕は思った。
「、、、、、綾鷹の方がうまいんじゃないかな。」
選ばれたのは、綾鷹でした。
決してそのお茶がまずかったわけではない(はず)。
僕の舌があまりにもチープだったが故に、そのお茶の価値を測ることができなかった。
なにせ僕はそれまでに市販のペットボトルのお茶しか飲んだことがない。
そんな僕が急に2段階も3段階もレベルが高いお茶を飲んだところで価値がわかるわけがない。
だからその時に僕は思った。
「俺はこれまで飲んできたお茶も普通にうまいと思ってたけど、こういうお茶を楽しむ人たちもいるんだなぁ。」
って。
山登りは苦しい。
それでも山を登るのが好きな人がいる。
頂上からの景色や、登りきった達成感なんかがいいのだろう。
幸せを感じるから山に登るのだと思う。
でも登らないで山の麓で遊ぶのも楽しい。
十分に幸せを感じることができる。
みんなでピクニックなんかしたらなおさら楽しいだろう。
高級なお茶の味わい方を知った上で、ごく一般的なお茶を好きだと感じる人もいるだろう。
山登りを体験した上で、山の麓で遊ぶ方が楽しいと感じる人もいるだろう。
何度も繰り返すが、何を幸せと感じるかは人それぞれなので。
だから僕は子どもたちに、学生時代に一度、自分が決めた「志望校合格」という目標の山を登って欲しい。
身を粉にして、全力で駆け上がって、頂上からの景色を見てほしい。
頑張ったら、僕はこんな景色が見れるんだな。
努力したら、私はこんな達成感を感じることができるんだな。
山を登る幸せを知った上で、この先の人生、もう一度山を登るのか、それとも山の麓で過ごすのか、それを決めて欲しいと思う。
そこから先は幸せの価値観の違いだから、個人の自由だ。
自分の中の小さな世界だけで完結させて欲しくない。
いろんな世界を見て欲しいなぁ。
長々と書いてしまった。
たまに真面目なことを書くと、途中から何が言いたいかわからなくなってきた。
でもとにかく言い切れる事は一つだ。
僕はずっとずっと山に登り続けるということ。
今日も頂上へ向かって歩を進めたいと思う。