• 福岡県福岡市東区香椎にある、中学生・高校生を対象とした進学塾。勉強を通して、「頑張る」ことを伝えるために若手塾長が奮闘中。頑張るとはどういうことか、頑張った先にはどんな景色が待っているのか。これらを、塾長自身も頑張り続けることで真心込めて日々発信中。 また、お近くには福岡市立香椎第一中学校・福岡市立香椎第二中学校・福岡市立香椎第三中学校・福岡市立照葉中学校などがあり、多くの生徒様に通っていただいております!

真面目に自己紹介(あらためて)

このブログを読んでくださっている人たちも時代と共に変わってしまったかもしれないので、今日はこのホームページ歴が浅い人たちに向けて、僕の自己紹介ブログでも書いていこうと思う。

今日は真面目に生い立ちを。

 

まずは略歴から。

1995年:山口県の病院で生まれる

2002年:福岡市立高木小学校入学→卒業(2008年)

2008年:福岡市立宮竹中学校入学→卒業(2011年)

2011年:福岡県立筑紫丘高等学校入学→卒業(2014年)

2014年:九州大学工学部入学→卒業(2018年)

2018年:開塾

2025年:現在に至る

 

じゃあ順をおって説明していくぜ!

1995年:山口県の病院で生まれる

1995年6月19日、山口県の病院で生まれたらしい。

予定日を1ヶ月過ぎてもなかなか出てこなかったらしく、帝王切開で無理やり出したとのこと。

その当時からマイペースだったのだろうか。笑

 

1ヶ月も遅れて出てきたこともあり、52cm、3,940gのビッグベイビー。

生まれた時から小学校高学年ぐらいまで、僕はずっといわゆるぽっちゃり系だった。

 

そこから3歳ぐらいまでを大阪で過ごしたらしいので、実は関西弁ネイティブだ。

(嘘です。)

 

そしてそこからは福岡へ。

 

2002年:福岡市立高木小学校入学→卒業(2008年)

ぶっちゃけ、あんまり覚えていない。笑

最初の頃はとにかく体が大きかったのだけど、5年生ぐらいから周りに少しずつ抜かれていってしまった悲しさはなんとなく覚えているような。

 

小学校4年生から友達に誘われてサッカーを始めた。

 

2008年:福岡市立宮竹中学校入学→卒業(2011年)

僕の転機はこの頃だったように思う。

中学時代の顧問から生徒会長に推薦され、若干尻込みしながらも、生徒会長になった。

元々、人前で話すのは得意ではなかった。

むしろ苦手だったと思う。

 

そんな中、ここでの経験が僕を成長させてくれた。

人前で話すことへの抵抗感が減り、ちょっとずつ明るくなったような気がしないでもない。

 

部活はサッカー部に入ったのだけど、小学校の時に僕をサッカーに誘ってくれた友達はテニス部に入った。笑

 

2011年:福岡県立筑紫丘高等学校入学→卒業(2014年)

一般入試で筑紫丘高校へ入学。

滑り止めの私立は大濠高校だった。

 

僕らの学年まで、大濠高校は男子校だったので、絶対に男子校は嫌だ!!という強い意志が公立高校合格を引き寄せてくれたのかもしれない。笑

 

ここでもサッカー部に入った。

驚くべきことに、小学校の時に僕をサッカーに誘ってくれた友達は、別の高校のサッカー部に入っていた。笑

練習試合で奇跡の再会。

 

2014年:九州大学工学部入学→卒業(2018年)

こちらも一般入試で九州大学工学部へ。

九州大学工学部機械航空工学科航空宇宙工学コース。

当時は立派な名前をひっさげていた。

この時は「将来、僕はエンジニアになるんだろうなー」ぐらいの軽い気持ちだった。

 

僕が塾を開くことになった転機は2つ。

1つは大学3年生の頃にあった工場見学。

ここでなんだか将来の敷かれたレールが見えてしまったような気がして、ドロップアウトしてみたくなった。

今思えばすごく贅沢な決断だったと思うし、そこまでのレールを敷いてくれた親には本当に感謝しなければならない。

 

2つ目は学習塾でのアルバイト。

この経験が教育業の面白さを教えてくれた。

アルバイト先が違ったら、僕は今頃優秀なエンジニアになっていたに違いない。

 

それはそれでまた今とは違った幸せを手に入れていただろう。

きっと。

 

みんなが大学院へ進学する中、就職もせずに勝手に塾を開くなんて言い出したこと。

傲慢な決断だったと思う。

 

快く背中を押してくれた両親に感謝だ。

 

2018年:開塾

右も左も、それどころか前も後ろもわからないまま、とりあえず塾を開いた。

今でも通ってくれている子たちへの感謝は忘れてはならないが、とにかくこの時から通ってくれていた子達、そして通わせてくださった保護者の方への感謝は忘れてはならない。

 

今ではその兄弟児たちもいなくなってしまったけれど、あの子たちのおかげで今がある。

信頼も実績も何もなくて、ただただ熱意と若さしか取り柄がなかった僕だった。

 

今はどちらも失っていないし、なんならあの頃にはなかった脂肪がある。笑

 

変わらないもの、変わっていくもの。

どちらも大事にしながら、また頑張っていきたい。

 

以上、長々と付き合ってくださり、ありがとうございました。

こっからまだまだがんばります。

あと30年、いや、もうちょっと頑張れるのかな。

ではまたー!

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